6月7日(日) 「日常性の中で」
2020年06月13日
ルカによる福音書17章26~33節
- 人は今が永遠に続くと錯覚しがちです。聖書は終末を語りますが、それは世界破滅論ではなく神の天地創造の目的が明らかになる時です。
- その日、つまり主イエスが再び来られる時、それがいついかなるかは知り得ません。だから、ついこの世のことに流されてしまいがちです。
- 主イエスは、旧約の2つの事例、ノアの時代とロトの時代のことを語り、人が日常の営みに没頭して神の救いに疎かだったことを示します。
- 日常的な営みが悪だというのではありません。そのことに没頭し、絶対的なものと相対的なものが逆転してしまうことが問題なのです。
- いざという時は命が第一であって、家財道具などは第二以下のはずです。しかし、この世の魅力に囚われて、救いのチャンスを逃すのです。
- ロトの妻は、神の言葉に背いて後ろを振り向くことによって裁きを招きました。救いよりもこの世のものへ執着してしまったのです。
- 再び来られる主イエスは、十字架の死から復活の勝利へと道を開き、備えられました。わたしたちはその道をたどるように招かれています。