11月16日(日) 「永遠のいのち」 具志堅篤牧師(読谷教会)
2025年11月22日
ヨハネによる福音書3章16~17節
海のかなたから良い物が来る! 「ニライカナイ」という信仰が沖縄にある。その良い物を地元の物とアレンジしてさらに良い物を作ってきた。しかし、時に海のかなたから悪い物がやって来る。昔、海の向こうから「戦」がやって来てこの島はめちゃくちゃにされた。「ニライカナイ」は水平思考だ。どこまでも不安定なもの。沖縄に限らず水平思考とは不安定なものだ。なぜ? 人の「罪」ゆえに。
旧約の民はそのことを知っていた。だから彼らは巡礼の旅〔都上り〕を続けていた。
「私たちの助けは、天地を造られた主の御名にある。」
《詩編124:8》
巡礼は、神との和解のため。"Reconciliation"「和解・仲直り」の他に「会計上の記録を一致させる行為」の意もある。私たちの罪の贖いのために神は御子をこの世に送ってくださった。主イエスの十字架と復活は、私たちの罪を贖うために、最後の審判待たずに為し遂げてられた救いの出来事だった。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」《ヨハネ3:16》