6月21日(日) 「赦されて生きる」
2026年06月28日
マタイによる福音書6章14~15節
- 主の祈りについて、神との関係、人間同士の課題について教えられる中、唯一「赦し」について補足をして説明しておられます。
- この箇所も、「赦さなければ赦されないのだろうか」という条件をつけられたようですが、そもそもわたしたちは赦しを必要としています。
- わたしたちは、傷つけられたことはよく覚えていますが、傷つけたことは忘れがちです。気づいていない罪もたくさんあるのでしょう。
- 神の前に立たされた時に、誰も「わたしは正しいです」とは言えないのです。そのわたしたちを神は赦してくださった。そこが原点です。
- 主イエスは十字架上で、まさにご自分を殺そうとする者たちを赦された方です。赦すのは価値があるから赦すのではありません。
- 愛されて育った子どもは愛することを学ぶように、多く赦されている者は、少しずつでも赦す者へと変えられていくのです。
- 赦すとは、裁くことを手放すことです。感情ではなく、信仰の行為として委ねることです。十字架は教えではなく赦しそのものです。