9月7日(日) 「心の貧しい人の幸い」
2025年09月14日
マタイによる福音書5章3節
- マタイ福音書では、主イエスが山上において教えを語られたことを記しています。弟子たち、群衆に「こうあれ」と示されたのです。
- 幸いというのは、喜びと言い換えることもできます。しかし、どう考えても喜べないような人が幸いだと言われています。
- ここで言われているのは、「心の貧しい人になれ、そうすれば幸いになる」というのではなく、すでに幸いなのだという宣言です。
- この「貧しさ」は、少しは持っているような、生活の貧しさのことではなく、何も持っていない、すっからかんの状態を指します。
- 「心の貧しさ」と言えば、謙虚さを表すと解釈する人もいますが誤りです。謙虚はもともと持っている人が誇らずふるまうことだからです。
- なぜ心の貧しい人が幸いなのか。自分の中に拠り所をもたず、ただ神の恵みを受けるしかないからです。本当に必要な物を求めるからです。
- わたしたちのために貧しくなり、十字架について救ってくださった主イエスにより頼み、恵みを感謝して喜んで生きることができるのです。